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僕を変えてくれた母の生き方 by 滝川広志(コロッケ)

「致知」

人間学を学ぶ月刊誌「致知」2018年8月号 特集テーマ「変革する」の掲載されているインタビュー記事「僕を変えてくれた母の生き方」です。

インタビューは、ものまねタレント・俳優のコロッケさんです。

数年前には、右耳の聴力がないというカミングアウトをして驚かされたことも記憶に新しいですね。

 

ものまねというと、どれだけ特徴を捉えて表現に変えるか、はたまたそんじょそこいらの歌手よりも歌が上手くないとものまねにもならないので、”聴く力”が優れていると思われていたからです。

 

また、かつてものまね番組もテレビでよく放送されていましたが、最近はとんと見なくなりましたよね?

ものまねから離れて完全にタレントとして活躍している方もいれば、記憶の彼方に消えている方もいます。

そんな中、”ものまねタレント”という看板でコンスタントにテレビに露出されているのはコロッケさんぐらいではないでしょうか。

今回のインタビューではデビューからいまに至るまでどのように芸を磨いてきたのか、またこれからどこに向かって行くのかが語られています。

 

これからのコロッケさんに期待!

 

結論から言うと、コロッケさんは深い!

いまコロッケさんは、人生の次のステージに上がる局面ではないかと感じました。

 

この夏、映画「ゆずりは」にて、本名:滝川広志のクレジットで映画初主演を務めている。

役柄が、葬儀会社社員という設定ということもありシリアスな内容ではあるものの、コロッケさん自身としては、いい人生を送るためにはこれまでどのような人生を生きてきたかを知ることで、これからどう生きたらいいかが見えてくるというメッセージを伝えたいと気持ちを語っています。

 

また、今回の映画出演には考えるところがあったようですが、次のステップへの命懸けの挑戦とも語っています。

流れの激しい芸能界で生き残る根底にはどのようなものがあるのでしょうか。

 

お母さんの”あおいくま”

 

コロッケさんを語る上で、お母さんの存在なくして語ることはできません。

コロッケさんは、お母さんとお姉さんの3人家族で育ちました。

幼少期は高度成長期にかかる時期ですから、まだまだ日本全体が貧しくまた地方(熊本県)ということで生活は貧しかったそうですが、明るく元気溢れるお母さんに育てられたそうです。

そんなお母さんがいつの頃からか、紙に書いて柱に張っていた言葉があります。

 

・あせるな

・おこるな

・いばるな

・くさるな

・まけるな

 

5つの言葉の頭文字をとって、”あおいくま”と読んでいます。

子供の頃は意味がわからなかったそうですが、お母さんから「この言葉だけは覚えておきなさい。これを覚えておけば大丈夫だから」とだけ言われたそうで、それから心の支えになって行ったそうです。

 

ものまねで芸能界入りを目指して上京

 

高校卒業後、ものまねである程度納得できる芸が出来上がった頃、上京を決意。

初めてお母さんに反抗する形で飛び出してきて、六本木のショーパブの試験に合格して生活はスタートしたものの、なかなか芸能界への道が見えてこない。

気持ちばかりは焦るなか、「あせるなよ、くさるなよ」と自分自身に言い聞かせて乗り越えたそうです。

 

他人に対してではなく、自分に対して

 

その後、テレビ番組への出演を果たし賞レースも獲得して、テレビの仕事が増えてきたときにお母さんから「これからたい」と言われ、「威張るなよ。傲慢にならずに頑張れよ」と伝えたかったと理解したそうです。

 

長年、芸能界にいるといろんな人を見てきたとコロッケさんは振り返っています。

有頂天になっていつの間にか凋落していく人、威張って人を見下し嫌われて行く人、人によって態度を変える人、人の足を平気で引っ張る人、、、

そんな中、コロッケさん自身「相手が一番、自分が二番」と素直に思えたのは”あおいくま”のおかげだと振り返ります。

それは、ある時”あおいくま”は、他人に対してでは自分自身に対する戒めの言葉であると気付くことができたから。

 

ただ続けるだけではなく、常に変化していく

 

コロッケさんは、「石の上にも三年」ということ意識が生きていて、”あおいくま”で続けて行ったものの10年経った時に気付いたそうです。

淘汰されないためには変化が必要だと。

 

そこで生まれたのがロボットヴァージョンやヒップホップヴァージョンのものまね。

ご覧になられたことがありますよね?

実はこのパターンは20年前から始めて少しずつ変わってきているそうです。

 

結局、かつてに比べてものまね芸人という人たちが少なくなったのは、ネタが変わらないからなんですよね。

コロッケさんの場合は、今どうなっているんだろうという期待があるから求められるのではないかと思います。

 

次のステージへ

 

このように振り返って見るとコロッケさんほど芸を磨いている芸人さんも最近では珍しいのではないでしょうか。

なんだかんだでテレビで定着するとMCやコメンテーター的な仕事を始めて、原点がどこに行ったかわからなくなっている方や、どこから出てきたのかわからない若手が主演などが多数あるためにテレビというメディアが衰退し始めています。

 

そんななか”クソ真面目”とも言えるコロッケさんが、本名で俳優をやりしかも映画初主演に挑んでいます。

見てみないとわかりませんが、もちろん初なのでぎこちない部分もあろうかと思いますがこれからどうなって行くのかが楽しみな興味を惹かれる存在ですね。

なにせ”ものまね”というジャンルをエンターテイメントの1つとして確立させ、平成26年には文化庁長官表彰まで受けているんですから。

 

かつての仕事で、コンサートを開催して集客することがあったんですが、だいたいターゲットは地方のお年寄りになるので演歌界の大御所をブッキングすることが多かったんですが、一度コロッケさんの時がありました。

当初は集客が難しいんじゃないかと考えていたんですが、瞬く間に満席になって大満足でお客様が変えられている光景を観てコロッケさんってスゴいだなぁと思ったことを覚えています。

(演歌界の大御所より圧倒的なスピードで満席になったので、ずっとコロッケさんでいいんじゃねって思いました)

 

まとめ

 

いかがでしたか?

コロッケさんのお話を通して、「あなたの背中を観て子は育つ」と感じました。

 

「三つ子の魂百まで」という言葉もあります。コロッケさんは、耳の調子がおかしいと最初に感じたのは小学校二年生だったものの、貧しさゆえお母さんに言い出せず結局は右耳の聴力を失ったそうです。

しかし、その時「左耳が聞こえるから大丈夫!」とすぐに気持ちを切り替えていたし、気付かれないように自然な形で振る舞うことを身に付けたからお笑いの世界に入っても生きていると語っています。

 

そして、その切り替えの早さこそお母さんから学んだ哲学

「困った時、どうしようかと3日は考える。でも4日目には悩むのはやめて、一歩前に出ることを考える。悩んだってしょうがない」でした。