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小さな行動と感謝を積み上げて前進する

「致知」

人間学を学ぶ月刊誌「致知」2018年7月号 特集テーマ「人間の花」の掲載されている対談記事「道なき所に道をつくる」です。

 

対談は、関西シェフ同友会会長 小西忠禮氏とリンゴ農家 木村秋則氏のお二人です。

ともにそれまでに前例のない物事に挑戦し、突破してきたそのパワーはどこから湧いてくるのでしょうか?

そして、突破した先に何があるのか?学んでいきたいと思います。

 

【小西氏の略歴】

日本人として初めて世界一の名門「オテル・リッツ」に職を得て、その後ヨーロッパの一流レストランやホテルで腕を磨き、帰国後はリーガロイヤルホテル大阪・ポートピアホテル・ホテルオークラ神戸で腕をふるった。

現在は、ホザンナ幼稚園理事長を務める。


扉を開けろ 小西忠禮の突破力 [ 高久多美男 ]

 

【木村氏の略歴】

りんご栽培を中心とした農家に婿養子として入る。

農薬で家族が健康を害したことをきっかけに、無農薬・無肥料栽培に取り組む。

10年近くに渡る試行錯誤を経て、無農薬・無肥料のりんご栽培に成功する。

現在は、りんご栽培のかたわら国内外で農業指導を行なっている。


リンゴの花が咲いたあと (日経プレミアシリーズ) [ 木村 秋則 ]

 

積み重ねだけが前進して行く力

 

本対談で、お二人が人生において重要なこととして語っていることが2点あります。

 

1つは、「小さな行動の積み重ね」もう1つが「今ある環境への感謝の積み重ね」

 

「小さな行動の積み重ね」については、後ほどお二人の事例をご紹介しますが「感謝の積み重ね」は突破した方にしか感じられない感覚かもしれません。

感謝の積み重ねについて、例が紹介されているのでまとめておきます。

 

結論として、どのような状況であれ、今いる場所でいろんな助けを受けていることを謙虚に、感謝を持って受け取ることが大事であり、小さな感謝を積み重ねて行くことが人生に大きな花を咲かせることに繋がると小西氏はまとめています。

 

指揮者 佐渡裕

 

小西氏が親交のある指揮者 佐渡裕氏のコメントをご紹介しています。

佐渡氏は、子供の頃からの夢だった世界最高峰のオーケストラと言われるベルリンフィルハーモニーに客演を果たし、現在はヨーロッパを中心に活動している日本を代表する指揮者です。

【佐渡氏のコメント要旨】

「人間、大事なのは感謝力やなぁ」

いろんな人に見出してもらったもらったおかげ。感謝力のある人は、みんなが寄ってたかって持ち上げてくれるので、三段跳びで階段を駆け上がることができる。

 

肥料も除草剤も使わないお酒 「ありがとう」

 

木村氏の無農薬・無肥料栽培方式で育てたお米を使った日本酒です。

地元で批判を多数うける中、除草剤も肥料も使わないお米づくりを農家を何軒かの農家が応援して作り上げることができた無農薬・無肥料のお米がある。

そして、そのお米を使ってお酒を作る酒屋さんは農家の皆さんへの感謝を込めて「ありがとう」と命名しました。


農薬・肥料不使用の日本酒 純米原酒 徳の酒 ありがとう ナチュラル 720ml

 

小さな行動を積み重ねる

 

お二人のこれまでの経験の中で共通する部分が多々あると共感するものに、小西氏がヨーロッパへ武者修行に出る前に作った「自分を戒める十の原理・原則」があります。

 

「自分を戒める十の原理・原則」

一、人生に近道はない

二、たぐり寄せる行動を取る

三、どんな時も前を向く 行動力を持つ

四、全力で取り組む

五、何をやるにも世界は舞台だ

六、凡事徹底

七、とことん考えて天地自然の理に従う

八、本物を見続ける

九、損得ではなく、常に善意で生きる

十、必ず世のため人のために生きる

 

この原理・原則を胸に修行を積んで来られた小西氏と、共感する部分が多々あるという木村氏の共通する点は、自分のためではなく皆んなのためを思って行動することが重要な点です。

 

どのように積み上げたか?

 

ここでお二人が積み重ねて積み重ねて突破した軌跡をまとめておきます。

 

小西氏の行動

 

料理専門学校に入校時に、校長先生から「これからはグローバルな社会になる。舞台は世界だ」「パリのリッツは世界一」という話を聞き、大きな転機になったという。

卒業後、神戸オリエンタルホテルに入り総料理長と面談の際に、「三年半経ったらフランスに渡ってリッツに入りたい」と言ってみると、机をバーンと叩いて怒鳴られたとか。

 

その後、掃除や器具の準備など出勤時間の六時間前から入って修行していると、四年半経った頃に総料理長から「そろそろ行っていいぞ」とフランス行きの許可がでたそうです。

 

とは言ってもツテがあるわけでもなく、リッツの扉を叩くこと一年半後にやっと雇ってもらえることになったという。

その間、一度リッツの社長が雇えないというような話をしたようだが、言葉がわからないことも手伝って(社長が出てくるなんて、さすがリッツ)となって扉を叩き続けたそうだ。

そして一年半後に、オーナーがそんなに意欲があるなら雇ってみたらとなった。

その後、リッツに入ってからは帝国ホテルの村上シェフやホテルオークラ東京の小野シェフなどの引き上げてもらえる出会いがあったという。

 

小西氏は、心に中は溶岩だからいつ爆発するかわからないと言うそうだ。

その溶岩とは、夢とロマン。それがあるから、リッツの扉を一年半叩き続けて日本人で初めての従業員となれたと語っています。

 

木村氏の行動

 

木村氏が無農薬・無肥料のりんご栽培を思い立ったのは、実は奥さんのためなんです。

当時、「りんごは農薬がなければ神でも作れない」と言われていた。しかし、雨合羽もなかった当時農薬を散布すると肌にもついて赤く火傷をしたように炎症を起こしていたという。

それで、少しずつ農薬の回数を減らしていたものの、婿養子だったため、本格的に無農薬・無肥料でやっていくと義父に許しを得て取り組み始めたという。

 

早速取り組み始めると、最初は周りの農家と同じ成長だったもの6月には葉が枯れ、害虫だらけになったという。

二年目には、りんごの木に花一つ咲かなくなり、五年目には幹に寄り添うとグラグラ揺れるようになったそうだ。

 

周りからは「あいつはかまど消し(一家を破産させる)だ」と言われ、親戚にも「ロクでもねぇ婿だ」と言われたという。

その時、木村氏は馬鹿になろうと決意して、徹底的に馬鹿になって「やってやろう!」と思ったという。

 

その後、いよいよ自殺を考えて森の中で首を吊った瞬間!

ロープが解けて、地に足がついたその時5・6メーター先にどんぐりの木が光って見えて、近づいてみると虫がほとんどつかず元気に育っている。

周りをみると、草が自由に生い茂り熊のうんちの匂いがする「これだ!」と思って、死ぬことを忘れて山を駆け下り、自身の畑の土と比べることで活路を見出したそうだ。

 

その後、山と同じ匂いがするまで土壌の改良を進めたら、りんごの木は元気になっていき、翌年無農薬・無肥料のりんごが栽培できた。

 

今この瞬間、積み上げているか?

 

お二人とも気が遠くなるような積み重ねをしてこられたことが伝わってきますね。

私も前向きに全力で行動していこうとあらためて喝を入れて頂いた気がします。

そして、お二人以外にも多くの方が言う「引き上げてもらった」と言う言葉。やはりそれは、いつか積み上がった時に出逢うんでしょうね。

 

致知ではおなじみの森信三先生の言葉を思い出しました。

「人間は逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず一瞬遅すぎない時に」

 

まとめ

 

いかがでしたか?

感動的で心揺さぶられる対談でした。

「人のため」というキーワードで、木村氏は奥様のために無農薬無肥料のりんご栽培に成功して、現在はより広く木村式栽培法というものを拡げる活動をされています。

 

小西氏は、義母が始めたホザナ幼稚園は「家で食事を作らないお母さんが増えてきて、そのしわ寄せが子供にいくから、なんとかせなあかん」という考えで幼稚園ながら給食を出しています。

そして、この四月から木村氏の指導で栽培された無農薬のお米を給食に提供しているという。