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人は人によって磨かれる 〜「早熟」と「円熟」〜

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現在、韓国の平昌で冬季オリンピックが開催されていますね。

かつて夏のオリンピックに対して知名度はかなり低かったが、フィギュアスケート・スキー・スノーボード・モーグルなどスター選手の活躍により、すっかりメジャーとなってきて競技人口も増加しているとらしいですよ。

ちょっと調べてみると、7競技102種目が平昌オリンピックでは実施されるみたいで競技の数より種目が多すぎて細かいルールは素人にはわからないでしょうね。


最近の新聞紙面では連日のメダルラッシュに多くの紙面が割かれてインタビューや選手のこれまでの競技生活がまとめられていて、すごいなぁと思っているんですが産経新聞社説「産経抄」では2/19(月)と2/20(火)の連続で「早熟」「円熟」というキーワードでまとまっていて面白かったのでご紹介しますね。

 

「早熟」は藤井聡太六段

 

国民栄誉賞に輝いた羽生善治(はぶ・よしはる)棋聖(47)といえば、初の永世七冠を成し遂げた将棋界の「絶対王者」である。今月13日には、囲碁の井山裕太七冠(28)とともに授与式に臨んだ。

▼式後に行われた会見で、4日後に五輪2連覇を達成する羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手についての質問も出た。「読み方は違うが、漢字は同じ。親近感を持っています。芸術的な滑りを見てみたい」。笑顔でエールを送っていた。

▼もっとも、フィギュアスケートの絶対王者の滑りを、ゆっくり観戦するわけにはいかなかった。羽生棋聖は、同じ日に行われた朝日杯オープン戦本戦準決勝で、最年少プロの藤井聡太五段に苦杯を喫する。藤井五段は決勝も制して、15歳6カ月での一般棋戦の優勝、六段昇段と、新たな最年少記録を作った。

▼将棋界は、キャッチフレーズ作りがうまい。最近は「ひふみん」の愛称でおなじみの加藤一二三九段は、かつて「神武以来(じんむこのかた)の天才」と讃(たた)えられた。谷川浩司九段が終盤で相手の玉を寄せる圧倒的なスピードは、「光速の寄せ」と恐れられた。集中力が高まると目つきが鋭くなる、羽生棋聖の「羽生にらみ」も有名である。ただ藤井新六段については、活躍があまりにもめまぐるしすぎて、ニックネームを付ける暇もないようである。

▼棋士の素顔に迫る北野新太(あらた)さんの『等身の棋士』(ミシマ社)で、羽生棋聖の興味深いエピソードを見つけた。雪の日に酔っ払い、歩道で何度もころびそうになったことがある。それでも、いっしょにいた先輩棋士の手を借りようとはしなかった。

▼本人に理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。「自力でなんとかするのが、私の基本的な考え方なので」。藤井新六段もまた、同じ孤高の道を歩んでゆくのだろう。(産経抄2/19付より)

 

いきなりオリンピックとは無関係ですが、羽生結弦選手の決勝のタイミングで羽生善治氏との対決で勝利して話題になりました。これまで将棋界の人気を牽引してきた羽生棋聖と最年少プロの対決で棋聖が負けるというのがセンセーショナルでしたね。

記事のまとめにも書かれている、羽生棋聖が孤高の道をこれまで歩んで道を開いてきたならば、藤井プロもこれから新たな道を切り開いていく使命を持っていると思います。

 

羽生善治氏の対談記事がコチラ

 

「円熟」は小平奈緒選手

 

江戸幕府がオランダに派遣した最初の留学生は、榎本釜次郎(後の武揚(たけあき))ら15人である。現地に到着すると、ちょんまげが珍しがられて、外出もままならない。まず洋服に着替え靴をはき、帽子をかぶることから始まった。

▼150年後、スケート大国のオランダで2年間の武者修行を経験した小平奈緒選手も、カルチャーショックに苦しんだ。オランダ語をなんとか習得したものの、乳製品中心の食事に体は悲鳴を上げた。もっとも、成果も大きかった。

▼元世界チャンピオンのコーチからは、「怒った猫」のように両肩を上げるよう指導を受けた。帰国後、一本歯のげたを使った独自のトレーニングなどを取り入れて完成させたのが、現在のフォームである。「蘭学」と格闘した先人たちに倣って、世界の先端技術の日本流アレンジに成功した。

▼平昌五輪のスピードスケート女子500メートルは、五輪新記録をマークした小平選手の圧勝だった。31歳での金メダルは、日本勢最年長の記録となる。小平選手は、自らの競技人生を「遠回り」と表現してきた。「回り道をして遠回りに見える道が、実はもっとも近道で味わい深い」。これは、大リーグのイチロー選手の名言である。

▼大学時代の恩師は、今も指導を続けている。所属先の病院は、競技生活のピンチの際に手を差し伸べ、支援してきた。バンクーバー、ソチ五輪で日本代表としてともに戦った親友が、栄養面や練習のサポートを担当している。

▼そのほか多くの人たちが、理想の滑りを追求する小平選手の長い道のりを支えてきた。昨日のコラムで、将棋の藤井聡太新六段の桁外れの「早熟」にエールを送った。本日は、遠回りしてつかんだ金メダルの「円熟」に敬意を表したい。(2/20付産経抄より)

 

まとめるのうまいなぁ〜といつも思います。記者はやっぱり違いますね。

小平選手は「遠回り」って思っていても、本当にイチロー選手のいうようにその回り道が近道だったんでしょうね。そうでなかったらオリンピックレコードは出ないし、素晴らしい人間性も磨かれなかったと思います。

ライバルであり親友でもある、銀メダルをとった韓国のイ・サンファン選手への配慮や心遣い見られましたか?

トップに行くまでにはお互い波がある中で、ライバルでありながら支え合って競技を続けて来ているんです。これまではイ・サンファン選手が上位を取って来ましたが今回は小平選手が初めて上位に立つことができた。しかし、サンファン選手は自国開催で金メダル必須のプレッシャーも相当あったでしょう。

その気持ちを慮って、全レースが終了するまではしゃがずにサンファ選手に寄り添って言葉をかけるなんてなかなかできないことだと思います。

 

まとめ

 

「早熟」「円熟」を絡めてうまくまとめられていますが、お二人がそれぞれの道をまっすぐに進んでいることには違いない。また、藤井氏はまだまだキャリアをスタートしたばっかりで、必ずこれからつまづいたり伸び悩んだりという時期が来るとしたとしても、その時期をしっかりと味わってもらいたいものですね。

本人にとっては苦しい時期かもしれないですけど、イチロー選手の言う”回り道”かもしれない時期が一番味わい深いスパイスであって「円熟」への近道になるんですからね。

 

一方、小平選手は「円熟」に至るまでの多くの方に支えられて来ているんです。

スポーツ選手は企業に所属して、広告宣伝活動をしたり一部社員として働いて活動資金を得ているが小平選手の所属は「相沢病院」となっています。普段は看護師さんなのかと思いきや、純粋に活動資金を提供してもらっているだけで患者さんが増えるような宣伝活動は行っていないそうです。


小平の“所属企業”は病院だ。長野県松本市にある相沢病院は、10年バンクーバー五輪のシーズンが始まる2009年から、当時まだ無名だった小平を支え続けてきた。

長野の拠点を変えず競技を続けたいと希望していた小平。しかし不況もあって所属企業はなかなか決まらず、信州大卒業間近の3月、結城コーチと病院のスタッフとが知り合いだったことや、小平が病院でリハビリを受けていたという縁もあり、相沢病院を頼った。

「長野の人が長野で五輪を目指したいと言っているのに、どうして長野の企業はできないの。みんなができないなら僕がやるよと」と振り返るのは相沢孝夫理事長だ。「一流になることは期待していなかった。(周囲からは)広告価値がって言われるけど、相沢病院の名前が出たからって患者さんが来るわけじゃない」。初対面にして小平は、下心なしにその姿勢を支えたいと思える人だった。

その後、バンクーバー五輪団体追い抜きで銀メダルを獲得。メダルを持って小平は病棟を回った。「持っているパワーを伝えてくれて患者さんもすごく元気になったし、小平さんのファンになっちゃった」と理事長。ひたむきな小平の姿とその魅力は、自然と病院内で広がった。

ソチ五輪後のオランダへの武者修行も「スタッフの海外留学」という形で支援。小平は「金銭面のサポートがないと無理だった」と感謝する。W杯などの海外遠征へも、できるだけビジネスクラスを利用できるよう支援。17年4月からはサポート役としてソチ五輪代表で栄養士の石沢志穂氏も雇用した。

支援金は年間約1000万円。それでも「(病院内から)不満もあまり聞かないし、もっと言えば、私がもらっている給料を半分にすればいい」と相沢理事長は笑って話す。これだけ小平が有名になった今も「病院そのものにとってメリットがあると思えない。盛り上がって、一体感があって、仲間意識を持てる。それが重要」と語った。そんな応援を小平は「すごく温かい」と感謝した。

「今できることを全力でやる小平さんの生きざまが好き。だから人の心に何かを残すのだと思う」と周囲の思いを代弁した理事長。金メダルという結果以上に、小平の滑りは人を魅了し、力を与えた。(2/19デイリースポーツより)

 

現代ではスポーツや芸術の世界もビジネス色にすっかり染まってしまっているけど、こういう形が本来の支援というものなのだと気づかされますね。相沢理事長のこれだけサバけた考え方だと、周りの人も小平選手自身も安心して疑念の余地もない環境だと思います。

それに病院の患者さんもきっと、変な不安を感じたりせずに安心して医療を受けられているんじゃないかと勝手に想像してしまうのは、宣伝効果かもしれないですね。

 

「人は人によって磨かれる」

 

このような言葉を思い出しました。

磨かれることによって角がとれて円くなっていくんですね。